大判例

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札幌高等裁判所 平成4年(行コ)3号 判決

北海道上川郡清水町字清水基線五四番地

控訴人

中原ふじ

札幌市豊平区西岡二条九丁目一番二七号

控訴人

水上トミコ

北海道帯広市東六条南二丁目二番地

控訴人

山田マサコ

(旧姓 斉藤)

北海道帯広市西二五条南二丁目二〇番地一七

控訴人

西村かよ

(旧姓 中原)

東京都中野区沼袋一―一九―四

フォーレスト一―三〇三

控訴人

板倉良子

(旧姓 中原)

右五名訴訟代理人弁護士

佐藤哲之

内田信也

北海道帯広市西五条南六丁目一番地

被控訴人

帯広税務署長 松本修

右指定代理人

栂村明剛

高橋重敏

高橋徳友

松井一晃

荒木伸治

平山法幸

右当事者間の所得税更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和五九年九月二八日付けでした中原一正の昭和五六年分所得税の控訴人らに対する更正のうち分離長期譲渡所得金額二一三九万五一三三円、納付すべき税額四五一万九三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  本件事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目裏六行目の「事実」の次に「、一部につき乙一、乙八の一ないし六」を、七行目の「中原一正」の次に「(以下『一正』という。)」を、同三枚目裏五行目の「のもの」の次に「。以下同じ」をそれぞれ加え、六行目の「同額など」を「右売買代金のうち山林所得である立木、植木等の代金を除いた五五三三万円から右一八〇〇万円及び買換え取得資産総額中事業用部分に対応する六六八万四九五〇円」と、七行目の「として」を「とし、右金額から必要経費一九七万九九一七円及び特別控除額七二七万円を控除した二一三九万五一三三円を分離長期譲渡所得金額として」とそれぞれ改め、八行目の「四四三三万円」の前に「その代金全額である」を加え、一〇行目の「これを」から同四枚目表三行目の「減算した」までを「、これを前記三〇六四万五〇五〇円に加算した四八六四万五〇五〇円を分離長期譲渡所得の収入金額とし、右金額から必要経費二九四万一七七二円及び特別控除額七二七万円を控除した三八四三万三二七八円を分離長期譲渡所得金額とした」と改め、四行目の「した」の次に「(なお、本件異議決定で分離長期譲渡所得金額等が減額されたのは、買換え取得資産総額中事業用部分に対応する六六八万四九五〇円が六八〇万二三八〇円と認定されたことに基づくものである。)」を加える。

2  同四枚目表九行目の次に行を改め次のとおり加える。

「なお、控訴人らは、一正の被った右損害としては、〈1〉土壌の汚染により本件土地の価格が低減したことによる損害、〈2〉土壌の汚染により作付けが困難になり、本件土地を利用した農業収入が低減したことによる損害、〈3〉工場及びその廃液・汚水からの悪臭並びに地下水の汚染による飲料水の汚濁などによって精神的・肉体的苦痛を被り続けたことによる損害、〈4〉右公害により本件土地による営農継続を断念せざるを得なくなったことによる精神的損害があるところ、本件土地の売買代金中には右〈3〉及び〈4〉の損害賠償分が含まれ、その額が一八〇〇万円を下ることはないと主張するものである。」

三  証拠関係は、原審記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当裁判所も、控訴人らの本訴請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。その争点に対する判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四枚目裏四行目の「池」を「廃液貯留池」と、五行目の「一正の住居」を「本件土地」とそれぞれ改め、同五枚目表五行目の「あった」の次に「に止まった」を、七行目の「野尻松平」の次に「(以下『野尻』という。)」をそれぞれ加え、同裏二行目の「責任のある」を「責任を認めるような」と、「一正」を「野尻」とそれぞれ改め、九行目の「、乙一一」を削り、同六枚目表七行目の「七月一日、野尻は」を「七月三日、野尻は一正を代理して」と改め、八行目の「文書」の前に「同月一日付」を加え、九行目の「損害賠償」から一〇行目の「協議したが」までを削り、同裏一行目の「おいて、」の次に「一正の被害についての責任を認めることはできないとの立場から」を、二行目の「本件土地を」の次に「適正価額で」をそれぞれ加え、三行目の「甲九、」を削り、七行目の「同日」を「その後」と改め、同七枚目表六行目の「野尻から」の次に「交渉経過について報告を受ける過程で」を加え、八行目から九行目にかけての「課税額を軽減する方法について協議がもたれ、」を削り、一〇行目の「述べた」を「述べ、節税方法についての検討協力方を要請した」と、同行から末行にかけての「参列」を「同席」とそれぞれ改める。

2  同八枚目表一行目の「野尻に対し、」の次に「ホクレン起案にかかる」を加え、三行目の「意向が貫かれて」を「従来からの意向が貫かれており」と改め、同行の「昭和」の前に「一正と被控訴人とは、」を加え、四行目の「損害賠償」を「被害賠償」と、「申出」を「申し出」とそれぞれ改め、同行の「破棄し」の次に「、移転費用等を含め下記条項で本件土地を売買することにし、これにより円満合理的に一切解決することを合意約諾した」を加え、五行目の「文言が記入され」を「文言が前文として記入されたうえ」と改め、八行目の「に対する費用」を「の代金」と、一〇行目の「相当額」を「として説明のつく限度額」と、同裏四行目の「内容」を「契約内容」と、同行から五行目にかけての「契約書が作成された」を「契約が締結された」と、六行目及び一〇行目の各「本件土地」を「本件農地」と、同九枚目表六行目の「あながち不相当」を「合理的な説明がつかない程高額である」とそれぞれ改め、八行目の「著しく」を、「乙七の一、」を、「乙一二、」をそれぞれ削る。

3  同九枚目表末行冒頭から同一〇枚目表二行目末尾までを次のとおり改める。

「二 所得法九条一項二一号、同法施行令三〇条によれば、損害賠償金、見舞金及びこれに類するものは非課税所得とされているところ、その趣旨は、それらの金員は受領者の心身、資産に加えられた損害を補填する性質のものであって、社会通念上積極的な所得として課税するのに適しないからである。右各規定が非課税所得としているのは、右のような実質的な意味での損害賠償金等をいうのであって、本来所得となるべきものや得べかりし利益を喪失した部分が損害賠償金等の名目で支払われた場合には、実質的には所得を得たのと同一の結果となるから、非課税所得に当たらないものと解するのが相当である。

そこで、一正が本件農地の売買代金としてホクレンから取得した前記四四三三万円の中に右の実質的意味での損害賠償金が含まれていたか否かについて検討するに、前記認定の事実(原判決引用)によれば、一正は長年にわたってホクレンの工場からの廃液、悪臭等により多大の損害を被りその損害賠償等を請求してきたものであり、その請求に係る損害賠償の内容としては第二の二(原判決引用)記載の〈1〉ないし〈4〉の趣旨を含んでいたものと推認されるところ、その交渉の結果成立した本件農地の売買代金の中に、控訴人ら主張のように右損害賠償の趣旨のものを含むとすれば、右〈3〉及び〈4〉の損害賠償に相当する金額部分は前記の実質的な意味での損害賠償金に当たり、これを所得の収入金額から控除すべきことになる(これに対し、右〈1〉の損害賠償に相当する金額は、その補填により譲渡資産の本来の対価そのものを取得した場合と異なるものではなく、また、右〈2〉の損害賠償に相当する金額は、実質において得べかりし利益を得たのと同一の結果をもたらすものであるから、いずれも非課税所得には該当しない。)。ところで、前記認定の事実(原判決引用)によれば、一正は、ホクレンに対し損害賠償等を請求したものの、これを認めた場合の波及効果をおそれるホクレンの受け入れるところとはならず、交渉が重ねられた結果、一正の被害を救済する方法として、ホクレンは一正から本件土地を一正の要求額にできるだけ近い代金額で買い取り、一正は損害賠償請求権等を放棄することで調整がつき、それに基づき本件売買が成立したのであって、右の経緯からも明らかなように、ホクレンは本件売買代金に損害賠償金を含ませることを終始拒否し、本件売買に関与した清水町及び農業協同組合の職員からも、交渉の過程で一正の代理人に対し売買代金全額が譲渡所得として課税の対象となる旨の見解が示されていたものである。確かに、本件売買は、実質的には、一正の被害救済を目的として行われたものであり、その代金額は一正の被害を考慮して定められたものではあるが、もとより損害賠償請求権は一正において任意に処分することができ、本件土地の代金額は当事者間で自由に決定することができるのであるから、当事者間の合意に基づき、右権利を放棄して上記のような解決をすることが許されないいわれはない。もっとも、契約書上売買代金と表示された金額の中に損害賠償金を含ませることについて当事者間に合意の存在する場合や、右合意の存在までは認められないとしても、売買代金額がその物件の価格に対比して合理的な説明がつかない程高額であって、契約締結に至った経緯に照らし損害賠償金を含むと解しなければ不合理な場合は、売買代金中に損害賠償金を含むと認め得る余地があるが、少なくとも本件農地部分の売買に関する限りにおいては、本件がそのいずれにも該当しないことは、右説示及び前記認定の事実(原判決引用)に照らして明らかである。

以上によれば、本件農地の売買代金中に右〈3〉及び〈4〉の損害賠償に相当する金額が含まれると認めることはできず、これがすべて長期譲渡所得であるとした被控訴人の本件更正・決定に違法な点はない。」

五  よって、右と同旨の原判決は正当であるから、本件控訴を失当として棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本増 裁判官 河合治夫 裁判官 高野伸)

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